成蹊OB、少数ゆえの結束

16年間在籍の首相を支える 自由な校風、世代超え交流

 東京・武蔵野の閑静な住宅地の一角に青々と茂るケヤキ並木。安倍晋三首相(59)の母校、成蹊学園はそこにある。東大や慶応、早稲田などに比べるとそれほど知られていない学校だが、少数ゆえに出身者の結束力は強い。首相をひそかに支える成蹊人脈を探った。

 「良くも悪くも自由」。学園理事長を務める三菱重工業の佃和夫相談役(70)はこう語る。「型にはめない教育だから、学生は余力のある状態で卒業する。社会に出て、ぐんと伸びる人が多い」。佃氏は政府の教育再生実行会議の副座長で、首相が重視する教育改革の推進役だ。

 首相は成蹊の自由な校風に包まれ、小学校から大学までの16年間を過ごした。祖父、岸信介元首相の意向もあったという。高校時代の「晋三少年の逸話」を、学年が一つ上の先輩だった古屋圭司国家公安委員長(61)が明かしてくれた。

 憲法を学ぶ授業だった。「日本が戦後発展したのは日米安全保障条約があったからではなく、9条があったからだ」と話す教師に、晋三少年は「いや、それは違う」と反論。日米同盟の重要性を朗々と説いてみせた。「教師を論破するとは後輩ながらあっぱれだと(食堂のある)カフェテリアで話題になった」という。

 安保へのこだわりは少年時代から育まれていたということか。そういえば、初代の内閣安保室長を務めた佐々淳行氏(83)も、旧制高校の卒業生だ。話を聞きにいくと「何度も相談を持ちかけられ、遠慮なく意見を言わせてもらっているよ」との答えが返ってきた。

 首相が小泉内閣で官房副長官だったころから安保や危機管理政策のアドバイスをしていたという。昨年末に発足した外交・安保政策の司令塔、国家安全保障会議(NSC)も、かねて勧めていた政策の一つだ。

 佐々氏は各界の成蹊OBを集めた後援組織「晋成会」の中心人物だ。晋成会の幹事役は西武ホールディングス社長の後藤高志氏(65)で、元駐米大使で前プロ野球コミッショナーの加藤良三氏(72)らも名を連ねているが、関係者は「佐々会」と呼ぶ。会合のたび、首相は顔を出している。

 3月6日、東京ドームで開かれた英ロックバンド、ザ・ローリング・ストーンズのコンサートをみた首相は往年の名曲に引っかけ「サティスファクション(満足)だ」と述べた。国会審議に追われる首相の息抜きにと、イマジカ・ロボットホールディングス社長、長瀬朋彦氏(61)が誘った。

 長瀬氏は首相の兄で三菱商事パッケージング社長、安倍寛信氏(61)と成蹊で高校から大学まで一緒だった。首相との関係が深まったのは第1次内閣の総辞職後。傷心の首相をゴルフで励ました。「昨年末はうちの兄とともに、安倍ちゃん兄弟とゴルフ対決をした。定期的にやるよ」と笑う。

 首相は就任前、学園のグラウンドに姿を現しては学生に声をかけていた。周囲には「成蹊には思いやってくれる仲間がいる。心のよりどころだ」と語る。

(日本経済新聞 2014年04月25日より)